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融通念佛宗総本山 大念佛寺

法話

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御遠忌(ごおんき)を迎えて(五)

 大原での良忍上人は世俗の営みを断ち、偏に往生を願う純真な念仏行者であったこと、法華経書写に励んだこと、一切経を読解したことなどが、古い資料によって窺い知ることができます。

 二十数年にわたる修行を経て、永久五年(1117)五月十五日、四十六歳のとき、阿弥陀佛から融通念佛の教えを感得されました。

 融通念佛はだれもが速やかに往生できる教えとして、阿弥陀佛から良忍上人に授けられたもので、簡単にいうと、一人の念仏と一切人の念仏が互いに融通して大きな成果を生む教えであるということです。

 それでは融通とはどんな意味でしょうか。世間一般には、金融、融資などと云われるように、金銭のやり取りなどのことに使われますが、仏教で融通というのはこれとは異なります。

 融通とは、相互の間に障害がなく通用すること、また隔てなく気持などが通じ合うことであり、さらには相違なる別々のものがとけ合って一体となることをいいます。

 人と人との間を考えてみると、考え方も価値観も異なる者同士が、一つにとけ合うことは甚だ難しいことです。しかしその異なる者同士でも口に南無阿弥陀佛と称える念仏には何の差別もない。言い換えれば、誰が称えても念仏はその徳の光を失うものではありません。この念仏こそがあらゆる障害や差別を超越してとけ合うものなのです。

 人間は煩悩(ぼんのう)の垢(あか)にまみれた存在です。しかし心の奥には、清らかな澄んだ心を本来的に誰もが等しく持ち合わせていると教えます。それを仏性(ぶっしょう)といいますが、その仏性を磨き出すことを修行(しゅぎょう)あるいは単に行(ぎょう)といっています。「玉磨かざれば光なし」という格言がありますが、磨けば光るのは、玉は本来、光るという素質を持っているからで、人間も仏性という清らかな本質を備えていても、錬磨しなければ仏性は顕現しないのです。

 融通念佛宗の念仏は、端的に言えば、各自がお互いに有している仏性を拝み出していくところの念仏であるといえます。言い換えれば、念仏を称えることによって、各自が持っている仏性が顕現し、融通の力によって、われ(一人)のみならず、他の人々(一切人)も共に救われていくと教えるのです。

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融通念佛宗 宗務総長
総本山大念佛寺 寺務総長
吉村 ワ英

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