TOPへ戻る
大念佛寺ガイド Dainenbutsuji guide行事・法要予定 Event Schedule交通・周辺案内 Access万部おねり Manbu Oneri写真・映像館 Photograoh&Movie Pacilionお知らせ・法話 Information・Sermon
融通念佛宗総本山 大念佛寺
大念佛寺についてご納骨について 境内のご案内融通念仏とは良忍上人について融通念佛宗のあゆみ霊明殿三忌大念佛寺の諸講

大念佛寺ガイド

鳥羽忌(7月20日)

 鳥羽天皇は第74代天皇で、譲位後、崇徳、近衛、後白河3代28年間院政を行ったことから上皇の称号で知られている。仏教信仰が篤く古書を好み、故事、音楽に造詣が深くあられた。宗祖良忍上人が永久5年(1117)洛北大原で阿弥陀仏の示現によって、誰もが口に念仏を称えることによってこの苦しみの世を喜び溢れ、智慧輝く浄土にできるという融通念仏の教えを授かってのち、天治元年(1124)6月9日 鳥羽上皇は宮中に良忍上人を招いて、皇后待賢門院をはじめ公卿百官もろともに融通念仏日課百遍を受け深く良忍上人に帰依された。さらに上皇は名帳(融通念仏勧進帳)に序文をしたため、融通念仏の功徳をたたえ、ご愛用の鏡を鉦に鋳替えて良忍上人に与え、念仏行脚の便に供された。その恩恵に報いるため第3世明應上人は霊明殿を建立し、上皇の霊牌と御真影を奉安しその忌日には盛大な法会を修した。しばらく途絶えていた法会を今般、霊明殿が改修されたのを機に復活したものである。

後小松忌(12月1日)

 後小松天皇は第100代の天皇で、永徳2年(1382)北朝の天皇となったが、明徳3年(1392)、後亀山天皇から神器を継承し南北朝合一を成し遂げられた。第14世道音上人(1332-1391)の時、上人の高徳を聞し召した天皇は、康応元年(1389)宸翰融通念仏勧進帳を下賜された。後小松天皇は能書家としても名高く、世尊寺流といわれる流麗な筆致で序文をしたためておられる。これは国の重要文化財に指定されている貴重な逸品である。その護法のお心に感謝する報恩の忌日である。

東照大権現忌(5月22日)

 東照大権現の呼称は、元和3年(1617)後水尾天皇から贈られた勅諡号で、以後徳川家康公(1542-1616)の敬称となった。慶長19年(1614)大坂冬の陣、元和元年(1615)夏の陣において、家康公は大念佛寺を訪れ、第36世道和上人に天下泰平、武運長久の祈願を乞うた。上人はその要請に応じ融通念仏会を修し国家安泰を祈願し、あわせて治国の指針を教示した。両度の戦役が終息して江戸への帰途、再び大念佛寺を訪れた家康公は、田園300石を寄進する旨を伝えたところ、道和上人は寺祿が豊かになっては却って僧侶の求道心が欠如することを恐れてこれを辞退し、代わって良忍上人の念仏勧進に倣い諸国へ回在念仏の弘通の許可を願い出てこれが許された。家康公亡きあと、歴代将軍より相次いで兵火によって破損した堂宇の修復料が寄せられた。それ以来、大念佛寺は朝廷とともに徳川幕府にも礼を尽くし、霊明殿に家康公の霊牌を安置し、忌日には報恩の法要を修するようになった。

ページの先頭へ戻る